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横山友美佳 がん [スポーツ]

横山友美佳 がん

ロンドンオリンピックでは、バレーボール女子の日本は11日、3位決定戦で韓国と対戦し、

セットカウント3ー0のストレート勝ちで、1984年のロサンゼルス五輪以来28年ぶりとなる

銅メダルを獲得しました。

日本にとっては非常にうれしいニュースですが、その陰でオリンピックを目指しながらそ

の目標を達成することなく、亡くなった選手がいました。

その選手の名前は、横山友美佳さんです。


横山友美佳さんは、小学校3年生より体力強化の為に、バレーボールを始めました。

甲府市立城南中から下北沢成徳高校に入学しました。

1学年先輩の木村沙織と共に将来を嘱望され、高校1年生時に春高バレー準優勝を経験

しています。

2004年、高校2年生で全日本代表に初選出されました。

アテネオリンピックには出場できませんでしたが、7月に開催されたワールドグランプ

リに最年少メンバーとして出場しました。

その後、2005年3月に発症したがん治療の為、国立がんセンター中央病院へ入院し院

内の都立墨東養護学校(現東京都立墨東特別支援学校)いるか分教室へ転校します。

2006年4月早稲田大学教育学部に入学しましたが、がん再発のため6ヶ月で自主退学

しました。

2008年4月17日、横紋筋肉腫の為、21歳で永眠しました。

2010年10月25日、TBS系列で、横山さんの著書を原作としたドラマ「明日もまた生きて

いこう」が放送されました。

このドラマでは、横山友美佳さんの役を比嘉愛未さんが演じ、木村沙織さんの役は相武

紗季さんが演じていました。



木村沙織さんは、横山友美佳さんの母親から託されたお守りも、ロンドンオリンピックに持

参していました。

木村さんは、以前、「自分がバレーをしている間、友美佳の分もという気持ちでプレーしてい

る。だから、メダルを取ってあげたい。」と語っていましたが、今回その思いを実現すること

ができました。

五輪後、木村さんは、世界最高峰のトルコリーグのクラブに移籍します。

「まだまだ。海外でもっと強い選手になりたい。」と語り、「日本のエース」から「世界のエ

ース」を目指します。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120812-00000002-scn-spo

小原日登美 夫 [スポーツ]

小原日登美 夫

小原日登美(ひとみ)選手(31)が、レスリング女子48キロ級で金メダルを獲得しまし

た。

試合後のインタビューで、真っ先に「みんなで金メダルを取ったと思います」と周囲への感

謝を口にし、さらに、「どんな時もあきらめずに頑張れば夢はかなうと思う。」と語りまし

た。


小原日登美さんの金メダル獲得には、夫の康司さんの力がなければ実現しませんでした。

日登美さんとは同じ自衛官である康司さんは、元々レスリングの選手で、日頃から練習風

景をビデオで撮影するなど強力にサポートしてきたようです。


小原日登美 夫の画像はこちら

http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E5%B0%8F%E5%8E%9F%E6%97%A5%E7%99%BB%E7%BE%8E+%E5%A4%AB


小原日登美さんが金メダルを獲得するまでの道のりも順調ではありませんでした。

1999年の日本選手権の51キロ級で優勝するなど活躍を見せていましたが、その後けがをし、

一時休養していました。

北京オリンピックの時には、オリンピックの女子レスリングには、51キロ級がなく、48キロ

級か55キロ級で出場を目指すしかなかったのですが、55キロ級には、あの吉田選手がいた

ため小原選手のオリンピック出場はかないませんでした。

そして、2008年には現役を引退し、妹の坂本真喜子さんのコーチをしていました。

しかし、真喜子さんが結婚を期に引退した為、自分が現役復帰をすることを決意したそう

です。

そして、2010年9月に行われたレスリング世界選手権モスクワ大会で7度目の優勝を果たし、

世界柔道選手権銅メダリストの國原頼子選手とともに北澤俊美防衛大臣から顕彰されまし

た。

その後のその後2010年10月に康司さんと結婚しました。


そして、夫の康司さんと二人三脚で厳しいトレーニングを重ね、今回のオリンピックでの金

メダル獲得となったのです。



悲願の金メダル獲得ができてよかったですね。

小原日登美選手は、今回で現役を引退するようです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120809-00000040-mai-spo

室伏広治 伝説 [スポーツ]

室伏広治 伝説

ロンドンオリンピックでは、3日から陸上競技が始まり、男子ハンマー投げ予選はアテネ五輪

金メダルの室伏広治(ミズノ)選手が、A組で2投目に78メートル48を記録して、予選

通過ラインの78メートルを突破し、B組を含めた全体2位で5日の決勝に進みました。

79メートル37を記録したクリスティアン・パルシュ(ハンガリー)が予選トップでした。


その室伏広治選手には、その身体能力について、数々の伝説を残しています。

100mは10秒台、立ち幅跳びでは360cm以上を飛ぶ人間離れした瞬発力を持っています。

高校2年生の時には、体力測定で立ち幅跳び327cm、30m走は3秒79、立三段跳10m10、

立五段跳17m06を記録しています。

その時には、100kgの握力計を一瞬で振り切るほどの握力を持っていた為、計測不能とな

っていましたが、日本陸上連盟が行ったメディカルチェックでは120kgを記録しています。

高校3年生時、べにばな国体のやり投げで68m16を投げ2位になり、この記録はやり投の千葉

県高校記録でもあります。

実はこの大会に出るまでほとんどやり投げの経験はなく、 小石を数回投げて勘をつかんだだけ

で、本番に挑み、入賞しました。

プロ野球の始球式では、全くの素人ながら135km/hも記録したそうです。

驚くべき身体能力ですね。



俳優の照英さんは、やり投げの選手でしたが、何かの大会で室伏選手と出会い、「ちょっとや

らせて。」と遊びでやり投げをした室伏選手が凄すぎて、やり投げをやめたという話もありま

す。


2007年、中京大学大学院で博士号(体育学)取得し、 2011年4月、中京大学 スポーツ科学部

・競技スポーツ科学科准教授に就任していて、ハンマー投げの理論的研究の面でも優れたもの

があります。

父親の室伏重信さんは、かつて日本選手権12回制覇、アジア大会5連覇を達成して、「アジア

の鉄人」と呼ばれていましたが、室伏広治選手は父親をもはるかに超えているといえますね。

今回のロンドンオリンピックでも金メダルを獲って欲しいですね。

期待しましょう。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120803-00000163-jij-spo
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